Babauoù in Private Notes

アマチュア音楽ユニット、Babauoùに所属するKunio (Josh) Yoshikawaの雑記帳です。 我々のFacebook "Babauoù Book”にもどうぞお越しください。

「ドロウジー・シャペロン」の幸福


日生劇場で上演中の宮本亜門演出のミュージカル「ドロウジー・シャペロン」。



予想外に、と言っては失礼ですが、とても良かったです。


藤原紀香のミュージカル初主演のことばかりクローズアップされていた感がありますが、本当のポイントはそこではありませんでした。


舞台は、一人の孤独な男が暮らす、みすぼらしいアパートの一室。彼の唯一の楽しみは1920年代に上演された「ドロウジー・シャペロン」というミュージカルのレコードを聴くこと。(架空の作品です。)
ドロウジー・シャペロン」は、昨今のミュージカルのように大仕掛けでも無いし、涙を誘う重厚なテーマがあるわけでもない、たわいもない結婚騒動コメディ。しかも、おおらかな時代の作品らしく、台詞も歌詞もあちこちにほころびがあって突っ込みどころ満載。でも、彼はドタバタしてひたすらハッピーなそのミュージカルを心から愛している。


レコードに針を落とし、椅子に深く腰かけ、目を閉じてその場面を思い浮かべるのが彼のいちばん幸せな時間。今日も目を閉じた彼の脳裏に、音楽に導かれて90年前のチャーミングな舞台が蘇ってくる……。みすぼらしいアパートの一室が、次第にミュージカルのセットにすり替わっていくのも見所のひとつです。


椅子の男はずっと舞台の隅に居て、ミュージカルならではのあまりにも極端なシチュエーションや唐突な仕掛けに突っ込みを入れたり、「恋はいつもハッピーエンド」みたいな歌を聴いて「そんなことあるわけない!」と怒ってみたり。さらには時々現実の電話や来客に邪魔をされたり、停電したりとなかなかひたらせてもらえない。そのうち、彼が何一つうまく行かない人生を歩んでいることがさりげなく浮かび上がってきます。


そして、そのことと反比例するように、ショービジネスは人を幸せにするためにあるはずだ、という創り手の信念が次第に見えてくる。人の心が傷ついているとき、打ちひしがれているとき、ショービジネスは心を温め、明日を生きていく希望の灯を心にともす存在でなければならないはず。そのメッセージが登場する全ての役によって体現されていくクライマックスには、かなりグッと来てしまいました。


宮本亜門の演出は、彼の出世作「アイ・ガット・マーマン」(これは本当に素晴らしい!)以外では、個人的には違和感を感じることの方が多くて、実は今回もスタート時点ではやや日本人離れした見せ方過ぎるのではないか、という懸念から出発したのですが、「椅子の男」がそれを先に突っ込んでくれる、というスタイルに思わず乗せられて、そのまま最後のピークまで連れて行かれてしまいました。赤毛物(死語?)の違和感を魅力に転じる手法としても最良だったように思います。


話題の藤原紀香ミュージカル初挑戦ですが、正直なところ、期待を遙かに超えた出来でした。役柄に見事に溶け込んでいて、彼女をキャスティングしたという点でも宮本亜門は素晴らしかったと思います。とにかく歌が抜群によかった。並みいるベテランの歌い手たちを向こうに回して堂々たるものでした。彼女のこのジャンルでの今後の活躍が楽しみです。


実は、この舞台は全員が主役と言っていい作りなので、必ずしも彼女ばかりにスポットが当たるわけではありません。でも、彼女は「ヒロインは私よ!」的な気取りは無く(役はそういう役なんですが(笑))、全員とこの舞台を作れる幸福に身を委ねているのが伝わってきて、それが一層舞台をまとまったものにしていました。


残酷な日常。残酷な現実。そんな中で折れそうな心に養分を与えてくれる夢と希望のお芝居と歌。
現実が最も厳しい時代にさしかかっている今こそ創られるべき舞台だったと思いました。日本では、ミュージカルというジャンルは本当にアプローチが難しいと思うのですが、今回は脱帽です。