Babauoù in Private Notes

アマチュア音楽ユニット、Babauoùに所属するKunio (Josh) Yoshikawaの雑記帳です。 我々のFacebook "Babauoù Book”にもどうぞお越しください。

スティーヴ・マックィーン ラスト・イヤーズ



30年前の一昨日、私の小学生の頃からのヒーローだったスティーヴ・マックィーンが亡くなりました。
遺作となった「ハンター」が公開中のことだったと思います。


彼の演技スタイルは独特のものでした。
とてもバラエティに富んだジャンルの作品に出演しているのに、いつもそこには一貫して変わらない「スティーヴ・マックィーン」が居ます。役に合わせて変幻自在に化けてみせる同時期のスター、ポール・ニューマンとは対照的です。
ティーヴはどんな役でも自分のキャラクターに引きつけて演じてしまう。スティーヴの演じる男性は、いつも仕事においてはストイックなプロフェッショナル。しかし、いつも自分の人生には不器用でうまく生きられない。どんな作品においてもそんな男を演じ続けていました。


余談ですが、自分のもう一人のヒーロー、ジョン・レノンのボーカリストとしてのスタイルにもとても似た印象を持っています。相方のポール・マッカートニーが自分のボーカルスタイルを曲に合わせて変幻自在に変えてみせるのに対して、ジョンはどんな曲でも自分のキャラクターに引きつけて歌いこなしてしまう。私はまだ全然もののわかっていない小学生の頃からなぜかこの二人が大好きでした。自分にまったく無いものを備えた二人だったからかもしれません。


1974年に「タワーリング・インフェルノ」を大成功させた後、スティーヴの出演作はしばらく見ることができなくなります。その理由について様々な憶測が飛び交いましたが、いちばん信憑性があると言われていたのが、「『タワーリング・インフェルノ』の成功でギャラの要求が高額になり過ぎて折り合わないのではないか」という説でした。本当に世界中で大ヒットした映画だったし、彼が端役でデビューした映画「傷だらけの栄光」の主役だったポール・ニューマンとの18年ぶりの共演で、遂に存在感に勝る仕事をしたことを誰しもが認めていました。


その頃、彼がオファーを断ったと言われている作品のタイトルを列挙してみます。
カッコーの巣の上で」「遠すぎた橋」「未知との遭遇」「地獄の黙示録」「ボディガード」「レイズ・ザ・タイタニック」……

それぞれの映画が完成して公開される度に、お金で断ったのだとしたらなんてバカなことをしたんだろう、と私は思っていました。前半の四つは言わずもがなですが、映画の評価が芳しくない後ろの二つも彼が演じることで別の作品に生まれ変わっていたと思います。(「ブリット」は脚本は最低ですが、見事に映画史に残る作品となりました)
もし彼の輝かしいフィルモグラフィーにこのタイトルが並んでいたら……。
でも、彼は引き受けませんでした。


そして、かわりに入ってきたニュースは若く美しいファッション・モデル、バーバラ・ミンティとの再婚。
私はもう心底がっかりしてしまいました。結局その後スティーヴは、上記の作品群と比べたらパッとしない作品に3本出て、遺作となった「ハンター」の公開中に中皮腫で亡くなりました。


ところが……先日放送された番組「スティーヴ・マックィーン ラストイヤーズ」を観て、全てが覆りました。


バーバラは元モデルではありましたが、セレブリティであることに執着していた前妻アリ・マッグローとは全然違う女性でした。家族に恵まれず、役者の道を見つけるまでは荒れて少年院に入っていたスティーヴに彼が人生で初めて満喫する家族生活を作ってあげたのがバーバラでした。スティーヴは人前から姿を消し、結婚と同時にモデル業から足を洗ったバーバラの出身地であるアイダホ州ケッチャムあたりで気ままに二人旅をしながらの暮らしをしていたのです。


旅の途中でとある老夫婦の家に世話になり、家の主人と翌朝釣りに出かけた時の話。カフェで一緒にお茶を飲んでいたら、主人の友人が現れ「うわ、スティーヴ・マックィーン?」と気付かれたのですが、主人は「俳優の?バカ言え、この男はオレの家に泊まってる旅人だよ。そんな有名人がオレの家に来るわけないだろう!」と笑い飛ばしたのだとか。スティーヴが何よりも好きなエピソードだったそうです。(ちなみにこの頃のスティーヴは下の表紙にあるように髭だらけの顔でした。)


そういう生活になってからスティーヴが出演した3本の映画。
イプセンの古典社会派戯曲に挑んだ「民衆の敵」。家族に恵まれない不幸な生い立ちの青年が、酋長ジェロニモを投降させてヒーローになるものの、最後には殺人事件を起こして死刑になってしまう重いテーマの西部劇「トム・ホーン」。そして、年老いた現代の賞金稼ぎが最後の仕事に挑む「ハンター」。


民衆の敵」で自分が志した「演技」の本質に回帰し、自分とぴったり重なる人生を生きたトム・ホーンを映画で体現し、テレビシリーズ「拳銃無宿」で自分をスターに押し上げた役柄である「賞金稼ぎ」に落とし前をつけて、彼は去っていきました。


なぜ名作を約束された数多の作品を蹴飛ばして、結局ギャラも大して高くない地味な3本の作品が最後だったのか、と長いこと疑問に思っていましたが、番組を観てようやく腑に落ちました。彼は、映画の中のキャラクター同様、やっぱり不器用で頑固なプロフェッショナルを生き抜いていたのでした。


Steve Mcqueen: The Last Mile

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これは、スティーヴの死後四半世紀の間沈黙を守っていたバーバラが2年前に出版した写真集。番組のきっかけとなった作品です。ほとんど全てバーバラが撮ったのだそうです。スティーヴの表情を見れば、彼の人生の最後の数年間が十分に納得のいく幸せな日々だったとわかります。


没後30年目の命日を迎えた今年、長い間の心のひっかかりをきれいに落とすことができて嬉しく思っています。
やっぱりスティーヴ・マックィーンは私のヒーローでした。