Babauoù in Private Notes

アマチュア音楽ユニット、Babauoùに所属するKunio (Josh) Yoshikawaの雑記帳です。 我々のFacebook "Babauoù Book”にもどうぞお越しください。

「夏への扉」キャラメルボックス



時間ものSFの金字塔「夏への扉」。
SF界の偉人の一人、ロバート・ハインラインの作品の中でもひときわロマンチックな魅力にあふれた小説です。SF小説のオールタイムベストの投票を行うと大抵一位になっているように思います。コールド・スリープとタイム・マシンを組み合わせた時間旅行をベースにしたサイエンス・フィクション・ミステリーとしても極上。入り組んだプロットにも軽快な語り口にもうならされます。1950年代に書かれた近未来(1970年代)と遠い未来(2000年代)の話ですから、2010年代に突入してしまった今ならすっかり陳腐化していてもちっともおかしくないのに、全くそんなことはありません。ビートルズの音楽のエバーグリーンな感じとちょっと似ているかも。主人公の飼い猫(というよりも"親友")ピートがとても重要な役割を果たしていて、「猫小説」としても評価が高いようです。


さて、そんなマニアの多い大名作をキャラメルボックスがついに舞台化しました。「ついに」と書いたのは、これまでのキャラメルボックスの作品ラインアップを見れば、演出家・成井さんの原点のひとつにこの小説があることは明らかだと思えるからです。代表作「サンタクロースが歌ってくれた」も、一連の梶尾真治原作シリーズも、「ロマンチックな時間ものファンタジー」という点で「夏への扉」につながってきます。


先週の日曜日、千秋楽後の追加公演という本当に最後の最後の回にぎりぎり飛び込んで観てきました。広く愛されている小説ですからどんな風に作っても賛否両論になるだろうとは思いますが、原作への尊敬と愛に満ちあふれたとても素敵な仕上がりだったと思います。前述したように時代設定が現代ではねじれた位置にあるので、美術もとても難しいと思うのですが、11枚の「扉」で構成した象徴的なセットで問題を克服していました。主人公・ダンが発明するロボットもあえてメカニカルにせず、人間がそのまま演じることによって、原作小説の唯一の弱点(50年代の科学的想像力の限界から来る若干チープなロボットのイメージ)をうまくフォローしていたと思います。


また、キャラメルボックスの役者たちが原作のキャラクター構成に意外とぴったりはまっていたのも面白く思いました。ヒロインのリッキィを演じた實川貴美子さんは少女の空気を持っている人で、役の年齢の幅を無理なく演じ分けていました。圧巻は猫のピート。これも原作をビジュアライズする時の大きな課題だと思いますが、芝居の特権で当然のように「擬人化」。いちばんガタイの良い筒井俊作さんを当てることでコメディ・リリーフとして機能させることに成功していたと思います。キャラメルボックスは擬人化した動物をうまく使う芝居を過去にも作っているので、得意技に持ち込んだということかもしれません。


私は冒頭から主人公に感情移入できてしまって、まだほとんど何も起きていないうちから、その後の展開を思って泣けてきてしまって困りました。原作ファンのツボをおさえてくれていたということでしょう。残念ながら権利関係の壁で、この舞台は映像化はされないようです。興味を持たれた方は、是非原作に触れてみてください。