Babauoù in Private Notes

アマチュア音楽ユニット、Babauoùに所属するKunio (Josh) Yoshikawaの雑記帳です。 我々のFacebook "Babauoù Book”にもどうぞお越しください。

「K2」by Patrick Meyers



標高8611m。世界第二の高峰「K2」登頂を果たした物理学者ハロルド(堤真一)と地方検事補テイラー(草なぎ剛)は下山途中に遭難。氷壁のレッジ(岩棚)で身動きがとれなくなる。ハロルドは足を骨折。テイラーも肩を傷めたらしい。寝袋もテントもない状態で彼らに与えられた空間は2メートル四方。零下40度になる夜が来れば二人とも命はない。日没まであと3時間。どんな手立てが残されているというのか…。二人は襲いかかる大自然の猛威と威厳に向き合いながら、問わず語りに互いの人生を語り出す。やがて無情に迫り来る夜は、二人に最後の決断を迫り始める……。


1982年にアメリカの劇作家パトリック・メイヤーズが発表した戯曲です。1983年にブロードウェイで大評判を取った後、世界中で上演されるようになりました。日本では1983〜84年の菅原文太木之元亮ペア、1997年の加藤健一・上杉祥三ペアに次ぐ3組目のハロルド&テイラーだそうです。


過去の上演は残念ながら観ていないのですが、今回の堤真一草なぎ剛ペアはとても素晴らしかったと思います。堤さんは絶妙な間(ま)の芝居を駆使して、期待に違わぬ実力を発揮していたし、なんと言っても草なぎ君の役者としての成長ぶりには驚くべきものがありました。どちらかと言えば、静かでおだやかなキャラクターを得意とすると思っていた彼が、激しく感情の起伏を露わにして焦り、うろたえ、怒る。しかも、その心の奥にある人生の深い哀しみと、ハロルドに対する何物にも代え難い友情の深さを、その一挙手一投足ににじみ出させる。大した役者になったものです。この二人のやりとりだけでも一幕100分の物語は一瞬もだれることなく、高度8000メートルの緊張感を最後まで保ったままで続いていきました。テイラーが残されているはずのザイルを探しに氷壁の上へ登っていく場面をはじめ、本当の登山技術を駆使しなければならない展開が多々あるのも舞台のリアリティをより高度なものにしていたと思います。


さらに装置も素晴らしかった。舞台全体を黒い枠でフレーミングし、その上にもその下にもはるかに続く氷壁があるということをイメージさせるセット。そして、二人を否応なしに悲劇へと導いていく大自然の猛威の仕掛け。これが心情の表現にあふれた照明・音響効果と相まって、第三の主人公、冷たく美しい「氷の女王」としてのK2の息づかいを表現していました。


この100分を練り上げた演出・千葉哲也さんの手腕は見事なものだと思います。そして、哲学と肉体と自然の三つ巴の相克を描ききった30年経っても色褪せぬ脚本。登山家たちが受ける試練は、そのまま演劇の試練です。その試練にまともに向き合っているからこそ、この物語には安易なハッピーエンドは用意されません。だからこそ胸を打つ作品に仕上がったのだと思います。


最近の映像メディアがよそ見ばかりして忘れかけている大切なものの存在を痛感させてくれる舞台でした。